皆さんこんにちは。今回も引き続き、長崎への1泊2日旅行の様子をご紹介します。毎日、見るのも辛くなるような戦争の様子が伝わる中、そして核の使用も示唆するような発言が出る中で、長崎の原爆資料館に行ってきました。実際の資料や写真、映像を見た上で、今の街並みを見ることで、戦争というものを私自身、そして子供たちと再確認しようとしました。
旅程のご紹介
前回に引き続きですが、この旅の日程です。
1日目:柏→成田空港→長崎空港→大村市内でちゃんぽん&皿うどん→雲仙地獄めぐり→雲仙温泉泊
2日目:雲仙温泉→長崎原爆資料館→平和公園→出島ワーフ(昼食)→出島→大浦天主堂→長崎空港→羽田空港→柏
今回は2日目の様子をご紹介します。
1日目などの様子は過去記事をぜひご覧ください↓
2日目のルート
2日目のドライブルートです。雲仙温泉(地点A)を出発し、長崎原爆資料館と爆心地、平和公園(地点B)、出島ワーフと出島(地点C)、大浦天主堂(地点D)と回りました。
雲仙を9時半ごろ出発し、ニコニコレンタカー長崎空港店に17時頃レンタカーを返却。2日間の走行距離は、約150kmでした。
長崎原爆資料館にて
雲仙から長崎市内までは1時間ちょっとのドライブです。諫早から先は自動車専用道路で快適なドライブでした。長崎は想像以上に都会です。山がちで都心の密度が高く、住宅地が限られており家賃も比較的高いようです。
平和公園と原爆資料館の間辺りのコインパーキングに車を停め、まずは原爆資料館から見学します。場所は以下の地図の通りです。
駐車場から丘を登り、長崎原爆資料館のエントランスがありました。
建物に入ると、らせん状の廊下が伸びています。壁に1985、1980と書いてあります。徐々に下って行き、1945に来ると入館です。
原爆の図。有名な絵ですね。
長崎を最後の被爆地に。その横には11時2分で止まった、熱で曲がった時計も展示されています。
ぐにゃりと曲がった給水タンクの骨組み。
被爆した浦上天主堂の側壁(再現模型)。手前ではモニターで当時の映像が映されています。
長崎型原爆(ファットマン)の模型です。投下3日前の8月6日、テニアン島で組み立てられました。その様子の映像も映されています。
民家の壁にはしごと人の影が焼き付いています。
熱により溶けた硬貨。この現実の展示の数々を、早く再び世界中の人に見ていただきたいものです。
6本の瓶が溶けてくっついています。
ガラス板と瓶が溶けたもの。
過去にあった現実を、しっかり見ていきます。
冷静な展示は非常に分かりやすく、8月9日の様子、原爆投下までの経過、熱線による被害、爆風による被害、放射線による被害と、淡々と圧倒的な事実を突きつけてきます。
被爆者の映像のコーナーでは、日本人と外国人のそれぞれの被爆体験のインタビューを見ることができます。長崎で捕虜として収容されていたオーストラリアの方のインタビューでは、捕虜としての体験が非常に辛かったので、破壊された長崎の街を見ても同情できなかったとの声も聴けました。どちらも辛い現実です。
最後に、戦後の核実験の実施状況や、各国の核兵器の保有状況、反核運動の状況などの展示があり、現在に戻ってきます。
色々と展示を見て、思う所はありました。今後世の中がどのように変化していくか、一個人として非力な部分はありますが、過去に起こったことについて実物を見ておくことは、今後の考え方を決める上でも非常に貴重な経験になったと思います。
爆心地公園から平和公園へ。
資料館を後にし、爆心地公園方面へ。今まで見えていた景色が、違ったものに見えました。
爆心地下の川です。
当時の様子です。
少し階段を降りると、被爆当時の地層を見ることができます。
新しい護岸の中に、被爆当時の地層を見られる窓が付けられています。
瓦礫や瓶などが刺さった地層を見ることができます。
この頭上500m付近が爆発点です。
破壊された浦上天主堂の遺壁が移設されています。壁上の石像はフランシスコ・ザビエルとその使徒です。
爆心地公園から平和公園に歩く途中に、防空壕群跡があります。この中に避難したものの、強烈な熱線と爆風で犠牲になった方も多かったそうです。
平和公園から稲佐山がよく見えます。長崎市内に泊まって、夜景を見るのも良さそうですね。
有名な平和祈念像です。
出島方面を観光。
平和公園から出島方面に移動してきます。路面電車と並走するのは楽しいですね。
まずは昼食のため、長崎出島ワーフへ。場所は以下の地図の通りです。
港を一望できる素晴らしい場所です。ここから福江島行きの船なども出ています。
長崎出島ワーフのお店の数々。海の見えるテラスで食事をするのは気持ちが良さそうです。
今回はRed Lanternというお店へ。ここも雰囲気が良さそうで、期待できます。
ランチの長崎ちゃんぽんのセットです。ちゃんぽんは1日目の大村のパールちゃんより、しっかりとした味わい。これも美味でした。そして、饅頭に包んで食べる角煮がまた絶品です!
ロケーションも良く、素晴らしいお店を見つけました。運転が無ければ、ゆっくりお酒を飲んでも楽しかっただろうな・・・また行きたいお店の1つです。
出島ワーフから歩いて、出島の商館跡地に向かいます。
すっかり都市の中にある出島ですが、徐々に復元が進んでいます。この独特の雰囲気も良いです。
中島川を渡り、出島跡地に入っていきます。
出島の内部はこのような感じです。江戸時代から明治初期の街並みが再現されています。
1636年に長崎の25人の有力な町人が出資して築造された出島は、幕末まで日本とヨーロッパをつなぐ唯一の貿易港でした。
復元建物の内部には、日本から輸出された有田焼の品物などが展示されています。有田焼ですが、アルファベットのAが描かれているのが面白いですね。酢(Acid)の頭文字だとか。
精巧な時計も江戸時代の品物です。
商館長(カピタン)の邸宅内部です。右奥の丸テーブルの上の箱の中には、実物の朱印状が入っているそうです。
クリスマスの宴会を再現した様子です。
出島の当時の雰囲気だけではなく、内部の展示も非常に興味深かったです。
大浦天主堂近くでお土産も購入、その後長崎空港へ。
出島見学の後は、大浦天主堂方面へ。市電で移動することも考えましたが、結局車で移動しました。場所はこの辺りです。
大浦天主堂までのグラバー坂には、お土産屋さんなどが充実しています。雰囲気も良いです。
ガラス製品がたくさんあるこのお店で、買い物をしました。
大浦天主堂は時間がなく、外観のみ見学。今度訪問するときは、大浦天主堂から回っていこうと思います。中華街なども次回見てみたいと思います。
それにしても、長崎も素晴らしい景色の街です。すっかり気に入ってしまいました。
長崎から長崎空港までは、車で40分程度です。ガソリンを入れてレンタカーを返却し、長崎空港までで約1時間でした。
最後に空港のレストラン、エアポートにて夕食です。配膳ロボットが大活躍中でした。
これも長崎名物、トルコライスをいただきました。ボリューム満点でした。
長女は豚ちゃん焼きと五島うどんのセット。これも良さそうです。
ピーチ欠航により急遽取り直した長崎→羽田便は、鬼滅ジェットでした!なかなか貴重なものに乗れました。
羽田空港からは柏行きのバスの乗り継ぎもスムーズでした。1泊2日でしたが、充実した良い旅行だったと思います。
そして、どのようにして戦争をしない世の中を子孫に残していくか。個々人でもきちんと考える上で、現物の資料を見ることは非常に重要だと思いました。長崎に行けて、本当に良かったと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。また、色々とご紹介できたらと思います。よろしくお願いいたします。